「総合力」の意味は英米人はわからない

日英翻訳をしていると英米人の支援が必要となります。何故なら私たち日本人は英語を母語としていませんから、私たちの英訳が不自然な場合があります。それを書き直して貰う必要があるからです。翻訳業界ではこの作業をネイティブチェックと言っています。

ところが英語文化と日本語文化は根本的に異なる場合、私たちが書いた英語がわからないと彼らは言い始めます。彼らの視点が分からないと「何でこの英語がわからないの」と言い争いになることがあります。

話は少し飛びますが、パックンこと、パトリック・ハーランという米国出身のお笑い芸人がいます。この人は、トランプ大統領がアフリカの国々を指して”shithole countries”と言ったことを捉え、”shithole”とは「けつの穴」とか「便所」という下品な言葉で「小学生に見せてはいけない放送禁止用語で大統領が使用するとはとんでもない」という意味の批判をしたそうです。

私たち日本人はパックンが言っていることはわかりますが、どこまで最低で下品なのか、パックンがそこまで怒る感覚はわかりませんよね。反対に日本語で安部総理大臣がそのような日本語を使用したとしたら、私たちは怒り、批判すると思いますが、日本語がわかる英米人がそれを解説されても、その意味を理解し、私たちの感覚を推測はしますが、私たちのレベルでの感覚はわかりません。

母語か母語でないかはその位の違いがあります。

飛んだ話を戻して、このネイティブチェックをやってくれる英米人と長い間、言い争ってきた日本語の1つが「総合力」です。

ネットの辞書サイト、アルクで「総合力」を当たるとcomprehensive strength、または total powerとあります。「彼は総合力がある」という日本語をHe has comprehensive strength. とかHe has total power.と英訳するとネイティブはわからないと言います。また同じくアルクに「総合力のあるプロフェッショナル」の例文としてan integrated professionalとあるのでこれを使って英訳すると、また分からないと言ってきます。

長年言い争い(?)をしてきた挙句、最近になってわかったことは英米文化では「総合力」という考えが希薄だということ、そのため「総合力」という言葉は日本のように使用されないということです。

日本では「彼は総合力がある」と良く言います。また「取り立てて強みはないが、総合職には向いている」と言えばどちらかと言えば良く評価されているコメントですが、これを英訳しても、また通じない英語になると思います。ちなみにアルクで「総合職」はcomprehensive workとしていますが、この英語も英米人はわからないと言うでしょうね。その大きな理由は文化的違いにあります。

日本ではチームプレイを重んじますが、アメリカでは個人の考えや力量を優先します。日本の会社では「同じような考えを持ち、同じように仕事をして」と言っても抵抗する人はいませんが、アメリカの会社でそんなことを言ったら「怖くてそんな会社には入れません」という人が続出するでしょう。アメリカでは個人は、自由で個性豊かで、固有の個人的見解を持っていなければなりません。日本ではそのような個人は、組織の前ではいったん埋没させ、チームプレイを優先させます。特定の能力を持つより、チームの和を大切にすることが重要で、総合力を持つ人が大事にされ、リーダーになっていきます。ところが、この考え方が英米人にはありません。個人の持つ総合力という概念は英語の文化にはないと思います。このように考えると今までの疑問が消えていきます。

アルクに「人の総合力を構築する」の例文にbuild on someone’s collective strengthsとあり、「総合力」にcollective strengthsが使用されています。良い英訳だと思うのですが、私のアシスタントはsomeoneと1人なのに何故集合的なcollectiveが出てくるのか、矛盾していると批判しています。このスタッフの意見は、個人の総合力であれば overall ability のほうが理解出来るとのことです。

グループとしての総合力であればcollective strengthsは使えます。It is the collective strength of the directors that gives the board its capability for judgment. (取締役会が判断することが出来るのは取締役の総合力によります) は、その一例です。

議論が長くなりましたが、翻訳作業は文化の違いとの闘いという側面がいつも付いて回る作業です。それを無視して直訳すると優れた翻訳は出来ない作業なのだと思います。