アメリカ人と議論する方法アメリカ人と議論する方法
この前、あるアメリカ人の集団がいました。人数は6人くらいだったでしょうか。日本人だと6人くらいだったらあまり目立ちませんが、アメリカ人だと目立ちます。
まず大げさなジェスチャーと大きな声で話しています。そして身体が大きいですよね。この圧倒する存在感で日本人はまず負けてしまいます。
そして議論をし始めるとまたたきもせずにこちらの目をしっかりと見つめ、しかもくつろいだポーズでいながら、バンバンまくし立ててきます。しかもこちらは英語が母国語ではありません。これはもう勝負になりませんよね。本日は私たち日本人がどうしたらアメリカ人と出来るだけ対等に議論できるかについて考えてみたいと思います。

その前によく質問されることなのですが、アメリカ人と会ったり商談したりするときに話してはならないことがあるかということです。
これは基本的にはないと思います。よく政治の話はいけないとか宗教の話はいけないと言う人がいますが、そんなことはありません。アメリカはこのへんは日本よりはるかに自由です。初対面でいきなり相手がプライベートな話まで平気で話してきたりしてこちらが面食らうこともあります。
ただし当然のことながら相手がいやがる話をするのは御法度です。英語で Consider the audience. (聴衆のことを考えよ)とはよく言われることですね。
筆者の知人にモルモン教で有名なソールトレークシティに住んでいる人がいます。この人がここに引っ越したばかりのとき職場の人から自宅での食事に招待を受け、大変喜んだそうです。ところが食事が終って一息ついているときに、モルモン教に入らないかと勧誘を受けてがっかりしたそうです。宗教の勧誘はタイミングを気をつけないといけないでしょうね。

話はもどりまして話をする前に自分は英語もうまくないし、アメリカ文化もよくわからないから失礼なことを言ったら許してもらいたいと断っておけばあとは心配はいりません。自分の考えることを彼らと同様にバンバン言うべきです。
筆者はアメリカ人に物事をハッキリ言われてショックを受けたことは何べんもあります。その例を言いますと、まず今から20年前です。その頃はタバコを喫煙していたのですが、一緒に仕事をしていたアメリカ人男性は私の灰皿を指差して It's disgusting.(これはムカツクね)と突然言ってきたのですね。でも言った後に本人は私の隣で何事もないように仕事をしているんですよ。
反対にアメリカ人男性が I feel miserable working with you.(あなたと仕事をすると私はみじめになります)と言ってきたことがあります。私はこのとき思いました。そんな思いまでしても私と仕事をしなければいけないのだろうかと。
ところがこの人もその後はショックを受けている私の気持ちなんかは考えもせずに、私のそばで仕事をしているんですね。
また電子メールで「すぐに返事をくれないあなたはアメリカの会社とビジネスをする資格がない」と言われたとがあります。ところがこのメールを書いた人は遅刻の常習犯です。アメリカ人っていい加減と言いますか、かなり勝手です。
ですから、このようなことを言われていちいち気にしているとアメリカ人とは付き合っていけません。

次に大切なことですが、アイコンタクト(eye contact)をしっかりするということです。目をそらしてはいけません。日本人は相手のことをあまり見つめると失礼だとか、あるいは相手が異性の場合は「気がある」と思われてしまいますよね。ところがアメリカの文化ではアイコンタクトをしっかりしないと失礼とか、あるいは「意志が弱い人」とか思われてしまいます。したがってアメリカ人はしっかりとアイコンタクトをします。残念ながらあなたに気があるからではありません。
したがって自分もそのようにするだけに相手がしてくれないと真剣な話とは思わなくなります。

異なる意見に寛容な点もアメリカ人のいいところです。アメリカという国はさまざまな人種や民族が集まって一つの国になっています。
異なる思想や考え方の人をたばねてアメリカという国をつくってきたわけですね。したがって当然のことながら議論を何とも思っていませんし、言い争いなどと思ってはいません。議論がどんなに激しくても終れば優しい紳士淑女になれるわけです。

また面白いことにアメリカ人は、私たち日本人から見るとバカバカしいようなことでも真剣に議論します。例えば「酒の飲み方」とか「東京から大阪までどうやって行く」とかいうようなことに関しても何時間でも平気で議論しますし、それが楽しいのですね。ですからアメリカ人と議論するときにはともかくよくしゃべることです。筆者は日本人としてはおしゃべりですが、アメリカ人と比べると負けてしまいます。ですから負けないようにバンバン話すようにします。そしてさんざん話した後に I think I'm talkative.(私はおしゃべりです)とか I've talked too much.(私はよく話しましたね)とか言うんですね。そうすると相手はそんなことはないなんて言ってきたらまた話しちゃうんですよ。もう、おしゃべりのアメリカ人が話すひまがなくて、相づちを打つのにいそがしくなっていますね。

ここで思い出しましたが、アメリカ人の議論には飛び入りは許されます。日本人ですと議論をしている当事者以外の人は入れませんが、アメリカの場合、それが他の人に聞こえる場所ですと平気で参加してきます。この飛び入りによって議論が広がりますし、また解決できなかった問題が解決できたりします。このへんはアメリカの面白いところだと思います。

この飛び入りができるというのは大阪人と似ていますよね。大阪で道を聞いたりしていると他の人が割り込んできて「それはこうやって行ったらいい」とか言ったりしますが、割り込まれたほうもまったく平気です。東京で同じように割り込んだら嫌な顔をされますよね。
筆者は東京生まれですが、この点は大阪人のやり方のほうが好きですし、合理的だと思います。どういうわけかアメリカ人と大阪人は似ているところが多いのですね。声が大きくて騒がしいのも似ていますよね。もっとも本当の江戸っ子はおせっかいで騒がしいですから大阪人と似ているかも知れません。

話が横にそれましたが、かなりアメリカ人と議論をするのに慣れている人でも一つ気をつけなければいけないことがあります。それは話をさえぎるという点です。
日本人は相手が話しているときは終るまで聞きます。終ったらはじめてこちらが発言します。そしてこちらが終ったらまた相手が話すというのが礼儀だと思われています。
ところがこの方法は紳士的かも知れませんが、一つの大きな欠点があります。それは何かと言いますと、途中から自分の反対意見を言いたかったにも関わらず、失礼と思い、そのため延々と続く話を最後まで聞いているということです。
この場合、双方にとって途中からの時間がムダになっています。アメリカ人は自分が納得しない話を延々と聞きつづけるということはあまりしません。途中から相手の話をさえぎって自分の言い分を話し始めます。ですからアメリカ人の考え方からすれば日本人の忍耐強く相手の話を最後まで聞くという態度は納得できないのですね。相手がさえぎらずに最後まで聞いてくれたので自分の意見に賛成してくれたと思っていたのに、そうではなかったというのはショッキングなのです。
したがってアメリカ人と議論するときは相手の意見が納得できない場合は、途中でさえぎってこちらの意見を言ったほうがときには歓迎されます。途中でさえぎることにより、議論がさらにダイナミックになり、発展していくからです。ただしこの場合もさえぎるタイミングが重要です。

このように話すと次のように質問してくる人がいます。「さえぎるのは分かったが、さえぎった後に英語が咄嗟に出てこない、英語で考えている時間がない」と。

はい、答えは次の通りです。「英語が出てこなかったら日本語で話してください。相手がわからなくてもかまいません」。相手がこちらの言いたいことを英語で言い始めて「このようなことを言いたいのか」と聞き始めてくれます。「そうです、それを聞き、頷きながら自分の主張をしてしまうのです」

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