アメリカではか細い神経では暮らせない

サンフランシスコ

ランチはアメリカンレストランでとる。カウンターで料理と飲み物の注文を受けている。私はビールを頼んだ。連れが同じくビールと言ったら老眼鏡をずらして未成年者ではないかとジーッと見て確かめている。別の連れの女性がダイエット・コーラといったら大きな器に少ししか入れてくれない。「ダイエットしているからこれでいいだろう」というわけだ。「そんなぁ、もう少し入れて!」と頼んで入れてもらった。
アメリカ人はジョークが好きである。初めてのお客に対してもこのように平気でジョークを言って楽しもうとする。
レジの男性に連れが英語を間違えたら完璧な日本語が返ってきた。最近のアメリカ、特に西海岸は日本語を話す人が多くなっている。アメリカだと思って日本語で悪口を言っていたりするとすべて理解されてしまうから注意が必要だ。

食事をしながら向かいのお客を見ていたらその人はチップを払うときにお金を靴下の中から出していた。靴下の中にお金を入れる感覚は日本人が腹巻にお金を入れる感覚と同じなのだろうか。
日本と異なり、アメリカはどこへ行っても人が好き勝手なことをしているので見ていると面白い。

夕食はコロンバス通りに行く。自転車の行列が続いている。何かのイベントである。白馬ならぬ白鳥みたいな格好をしたライダーや、リヤカーみたいなものを引っ張ってそこに大きなスピーカーを乗せジャズを流しながら自転車をこいでいる人など見ていて楽しめる。多すぎる自転車の行列のため車は渋滞しているのだが、一台の車は知らん顔、クラクションをリズミカルに鳴らしてそのイベントを応援し、その車の後部座席に乗っている女性は窓から身体を乗り出してライダーと次から次へと野球の選手がホームランを打ったときにする握手のようなことをやっている。
アメリカ人の野次馬根性もすごいものだが日本人と違うのは、このようなときに自分たちもその仲間の一人にすぐになってしまうことだ。
しばらく見ていて私はたまたま止まった一人のライダーに何のイベントなのか聞いてみた。ところが汗をかきながら話をするこの人の英語がさっぱりわからない。自転車の使用を広げるイベントのようだが、どうも理解しているか自信がない。何の脈絡も背景もわからないときの英語は本当に理解するのは大変である。

Fisherman's Wharf まで歩く

ホテルから Fisherman's Wharf まで歩いて行こうということになり、歩き始めたが道を間違えたようでいくら歩いても着かない。サンフランシスコは坂道が多いから道を間違えたらなお大変である。汗をかきかき歩いていたが、そのうちに足が痛くなってきた。海の風が吹いてきて寒くはなるし、どうしたらいいのだろう。確かサンフランシスコはタクシーがつかまらないところではなかったか。それを忘れたのか。
道を歩いている地元の人に聞いたら反対方向を歩いていたことがわかった。トホホである。また来た道をテクテク歩きながらタクシーが来ないかとしばらく歩いていたらやっとつかまえることが出来た。

サンフランシスコ発

ホテルをチェックアウトしたら No thank you. と言っているのに無理やり荷物をひったくられてリムジーンに持っていってしまう。ホテルのベルマンはリムジーンの運転手からマージンを取っているのでこうなるのだ。
空港までタクシーなら40ドルくらいだが、チップ込みで50ドルでいいというからもう仕方なく(?)止まっている大きなリムジーンに乗り込んだ。最近はリムジーンも大衆化したものである。ところが中に入ったら掃除が行き届いていない。日本の個人タクシーのほうがよほどきれいである。
空港に着いて50ドルを払おうとしたら荷物代が一人いくらとか言ってきた。What did you say?(今なんて言ったのですか)と不審そうに言ったら"Well, it's nothing."(いや何でもない)とおおげさに手を振って、それはいらないと言ってきた。
アメリカの都会では甘い顔をしているとどこまでもお金をむしりとられる。

サンタモニカ
ホテルにチェックインし寝酒のビールを買おうと近所の酒屋(liquor shop)に行く。
店番をしている人は韓国系のアメリカ人のようである。値段がよくわからないので聞いてみると答えはすごくつっけんどんである。

そもそも韓国系アメリカ人や中国系アメリカ人の英語の発音は韓国語や中国語のなまりが強く残っている。さらにカリフォルニアのアメリカ人特有の明るさがないため、英語表現になめらかさがないので余計にぶっきらぽーに聞こえる。
8ドル25セントと言ったのが I'm sorry と言って9.82セントだと言ってきたので、今度は間違いがないか(Are you sure this time?)と聞いたら怒ったようにレジをたたいて合計を出してみせた。

一般的にアメリカ人はストレートに感情を表現する。相手がどう思うかということは取りあえず考えない。ナイーブではアメリカ社会では生きられない。傷つかない強い心臓を持つか、あるいは傷ついたらすぐに言い返すぐいでないとアメリカでは生きられない。

サンタモニカ
提携大学を訪問。日本語が得意という韓国系アメリカ人が出てくるがちっともうまくない。日本語がしばしば通じないし、私の言ったことを通訳するため時間もかかる。そこで私が英語で話すのだが彼はまた日本語で答えてくる。
この商談は一体何なのか。
他にもっと日本語がうまい人がいるはずなのにどういうわけかそのような人が担当になっていない。
それなら英語でやったほうがよほどうまくいくのに日本通(?)と言われる人が窓口になって交渉が進められる場合は日本語でやるのだ。このようなときはほとんど話はまとまらない。英語以外の言語での交渉の未熟さが出たらアメリカの商談は進まない。

<英会話応用例>
交渉方法の検討

話し合いは英語でしますか。日本語でしますか。(Shall we have our discussion in English or Japanese?)
通訳はしますか。(Do we need an interpreter?) 誰がしますか。(Who will be responsible for interpretation?)

日本側は英語の聞き取りは出来るので英語から日本語の通訳は必要はありません。
(We Japanese can listen and understand English, so there is no need for Japanese interpretation.)

日本語から英語はマイクサカモトが代表して英語で発言します。これに対する日本語への通訳は必要ありません。

(From Japanese to English, Mike Sakamoto will speak in English and there would be no need for Japanese interpretation.)

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