貿易コンサルタント奮闘記 in 台湾

売り手と買い手がともに不信感を持っている

あるブティックを営業している会社がTシャツ三万着を台湾のメーカーに発注したのだが、それがうまくいかなくて困っていると相談に来ました。現地に行き、そのメーカーを訪問しましたが25年前の台湾としては十分な設備も整っている会社だった。発注した日本側のブティックは原宿の小さな店だがこのオーナーは資産家です。合計発注額の3,000万円弱は日本の銀行から輸出信用状も発行する手配がされていました。

買い手と売り手はともに信用できない企業ではない。私は問題点を次のように整理した。

1. 買い手と売り手は小さな規模の売上は挙げている企業だが、海外との取引は初めて。
2. 買い手と売り手は3回ほど商談しているがコミュニケーションが十分に取れていない。言語は日本語だったため、台湾側が十分に理解していない。
3. 日本側も貿易は初めての経験なので、銀行からの助言では不十分で、お互いに見積もり、発注、納入、支払までの正確なことが理解されていない。このため、発注側は商品が正確に収められるかと心配を抱え、受注側は支払がされるのかなとの疑問を持っている。

筆者は解決するのは困難でないと見立てました。ただ、問題はコミュニケーション言語が日本語で台湾側の中国人の話す日本語が完璧でなく、まして貿易の緻密な取引形態を理解するのは困難なことであった。そこで私は日本語を貿易用語も含めて理解できる中国人を探して来るか、また英語をそこまで理解できる人を探して欲しいと台湾側に頼み込みました。

それだけ頼んだら後は用事がありません、夕食も昼食も台湾側は私たちを接待してくれるのですが、筆者もやることがなく、部屋で寝ているしかなかった。何もしないで寝ている私にブティックのオーナーは腹が立っていたようですが、言葉を完璧に理解できない中国人を相手にして交渉しても始まらないのである。

ところが三日目に出てきた中国人が英語を流暢に話す。この人は受注メーカーの社長の弟で台湾の外務省に勤めているそうである。だから英語がうまいのだ。しかも、中国人の英語は変なアクセントが付いている人が多いのだが、この人の英語はネイティブに近い流暢なものだった。これで話は完全に通じることになった。

さて筆者は今までの日本側の疑問点を提示しました。
1. はじめのサンプルと二回目のそれが同様でない、船積出荷分は全品とも、はじめのサンプルと同様の仕様にしてくれるのか
2. 納期は三万点分守ってくれるのか
3. 支払は日本の銀行より輸出信用状を開く。

これを聞くと、台湾側は問題ないとして生産を始めることになった。

日本側は三万点を初めのサンプルと同様の物にするとの台湾側の約束 を保証して欲しいと要求してきました。そこで、私はそれぞれの船積み分に対して日本側の担当者の署名がされていることを輸出信用状買取の条件にすることを提示して台湾側の了解を取った。これにより日本側の検品署名が支払を実行する際の条件となったのでクレームを事前に処理でき、日本側がクライアントへの納品を完了する手筈が整ったのである。

英語がきちんとわかる人が相手であったため、上記の商談が二時間で終わってしまったのである。そのお礼にとのことで、夕食を接待されたが、台湾でも超一流の中国料理店で台湾には何回も訪問している筆者でも驚くようなメニューでした。

東京に帰ってからは輸出信用状の条件について、発行銀行と厳密に打ち合わせし、台北の銀行宛に発行した。その結果、本件は無事に済み、支払を完了することが出来ました。


プロローグへ